VT震撼

 VT-fuze VT信管というのは、戦車をタンクと呼んだのと同じ流儀です。
 Variable Time Fuze 字義通りの意味は、可変時限信管です。
 通常の対空砲弾は発射直前に調定した時間が経過すると炸裂する時限信管を装備していました過去形。弾丸が敵機に到達する時間を予測して、敵機の近辺で炸裂させる。しかし、観測値が間違っていたら、見当はずれなところで爆発してしまいます。第二次大戦の爆撃シーンなんかで、爆撃機の(画面映えを考慮して)下のほうで黒いお花だかブロッコリーが咲き乱れてますね。あれです。
 ところが、このVT信管というやつは。発射直前にセットした時間が、摩訶不思議な作用で伸び縮みして、弾丸の飛ぶ方向が正しければ、必ず敵機の間近で炸裂するファンタジー兵器です。というのは嘘です。米軍が敵国向けに流した偽情報です。
「前線で飲料水が不足しているからタンク(水槽)を運んでいるのだ」
 実は。弾頭の中に超小型レーダーが仕込んであって、反射電波を捉えて炸裂するのです。当時の超ハイテク兵器です。弾丸発射時の(うろ覚え)数万Gに耐えて、弾丸の自転(ライフリング)による遠心力で電解溶液が電極に浸潤して装置が作動開始。
 正面には電波を発射しません。「近傍で炸裂」よりは「直撃」のほうが効果があります。最近の迎撃ミサイルなんかでは、ダイレクトヒットと称します。これで命中率というか敵機損傷率が10倍以上になったとか。
 ついでに。先に爆撃と書きましたが。空襲ともいいます。しかし、「空爆」というのはベトナム戦争前後からの用語です。まあ、戦時中の文人の日記で使われていたそうですから、言葉としてはあったのですが、一般的でなかったということです。たしか軍団とかも、律令制度の頃には組織があったけど、言葉として復活したのは文明開化以降でしたか。(昭和を含めて)時代物を書くときは気をつけましょう。地の文ならともかく、台詞の中で「武田の騎馬軍団が……」なんてやらかしたら、ハジどころかまん中までかきかねま先祖。


ID-10010631.jpg と、ここまでが実に前置きです。
 主観的時間がやたら変化するなあ――というのが、本題です。
 いえね。たまに土日月とか3連休があるじゃないですか。実に休みが長いと感じるのです。ちっとも持て余さずに部屋の掃除とか外壁の雑草駆除とかもせずに、時給30円で書き散らかしてます。とにかく。「2日休んで、まだ1日ある!」もう、うれAです。うれCなんてもんじゃありません。
 ところがギッチョン。パイのパイのギッチョンチョンで、パイのパイのパイ♪。
 待ち望んだ朝三暮四連休(過去記事参照→)だというのに。
 Flaggly , I noticed. 旗と気づくと。すでに3日目。あと1日しかない!
 3連休は長く感じるのに、4連休は短く感じる。なんなんでしょうね。近年は3連休なんて珍しくないけれど、4連休はさすがに稀で、そのぶん、期待が大きすぎたんでしょうか。
 それとも、A tomb did'nt go as fuslage. 機体していたほどにはハカが行かなかったせいでしょうか。特別高等警察淫虐無惨槍隊砲台嫁取大河長編物語が、前半の2日で50枚くらいしか進まなかった焦燥感失望感無念感無力感「カン」が四つで役満でしょうか。

 こういった、主観時間の伸び縮みは、いろいろとあります。
 少年期には1日が短く1年が長い。老年期には1日が長く1年が短い。なんてのは、言い古されてますな。少年にとっては、1日に起こるあれもこれもが新鮮で、「うわあ、うわあ、うわあ」の連続で、アッという間に日が暮れる。そして、たとえば7歳なら、物心ついてからせいぜい5年しか経過していません。1年とは、人生の2割にも相当するのです。
 老年は、逆。1日に起こる事象のほぼすべてが既知のもの既知感退屈感の感コレですちょいヒネッたった。75歳なら、1年は人生の2パーセントにも当たりません。
 拙の場合は……まず、1日は短い。5時前後に起床して、第一朝ご飯を食べて、自分のブログのカウンターを巡回したり、スパムメールをshift+Deleteしたり、ちょこちょこっと3枚くらい不出世の迷作を打鍵したり、出勤途中で第二朝ご飯を食して(という4月までの食事パターンは、チャイルスで崩れています)、まあ、サラリーマンならいずこも同じでしょうが、定時までは間延びするものの、帰宅してディナーして晩酌して、10時前にはグンナイです。アッという間です。
 さて、1年はと鳴門。3年前に濠門長恭クンが誕生してから、ずいぶんと年月が経っているようにも思えますし。20年ほど前に1男1女を得てから、孤淫矢の如しでもありましたし。当て字については詮索しないでください。
 実は。1日の中でも時間が伸び縮みしてるんですなあ。
 朝起きて出勤で家を出るまでは、以前なら2時間今は3時間。ずいぶんと、いろいろ出来ました。ところが、帰宅してグダグダしてると、2時間3時間は飛んでも8分。
 この休日かて、そうです。なぜか関西弁。中国生まれのクセしてね。
 このネタ、どっかで書きましたっけ。ぬわんと、拙は皇都仕込みなのです。母子手帳は品川区です。そして、中国(地方)生まれです。なのに、人生の半分以上を関西も関西、大阪府内ですごしてきました。
 Midship! ミジップと発音します。発音記号は知らん。
 延々と書いて、フリーセルやって(連勝記録1665で止まって、やり直し中はまだ268連勝ではなくて、今1回クリアで269)、太気づくと10時くらい。起きて5時間です。半日分くらい経過した気分です。ところが、細気づいて午後6時で、さっさと本日の飲み代を買ってきて(あるだけ飲むので、ストック不可能なのです)飲んで食ってグダ^2して、細気づくと5時間経過して午後10時。同じ5時間でも実に短い。

 まあねえ。時間が長いだの短いだのは、考えても無意味なのかもしれません。過去は(SF以外では)過ぎ去ってしまったし、未来は(SF以外では)未だ来たらざるし。現在しかないのです。ロバートAハインラインの『Time Enough for Love:愛に時間を』でも、不老不死に近い主人公(男)に、短命種族つまり常人の情人が、命の長い短いは関係ない。あるのは、二人の「今」だけ――とか言う感動的なシーンがあります。引用はうろ覚え。

 今回も、書きたいことだけ書いて、最後はブン投げます。

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