あはれといふも、なかなかおろかなり

祭壇.jpg通夜
 さきほどの導師様の御説教にもありました「我が先か彼が先か」となれば、母はまず最終ランナーといったところでしょう。
 しかし、生命は遺伝子/DNAのリレー競技です。母は父と結ばれて私と弟を遺し、私たちも伴侶を得てそれぞれに子供を得ました。願わくは、子供達も伴侶を得て、DNAを次世代にバトンタッチしてほしい。
 この場を借りまして、個人的な願望と――普遍的な生命の真理と私が信じていることを述べさせていただきました。
 本日のお集り、ありがとうございました。

葬儀
 母にこちらへ来てもらって、実家を撤収したとき、多量の衣装ケースを処分しました。私たちが帰省したときに使う下着類なども、それぞれのケースに名前が貼ってありました。しかし、もっとも多かったのは、『主』とだけ記した衣類ケースでした。父の死後三十年ちかくが経っても、ずっと残してあったのです。
 母は、父を大変に慕っておりました。当家では宗派の流儀から外れて、繰り出し位牌を祀っています。位牌の中に小さな木の札が何枚も収められていて、それぞれに俗名・享年・戒名が記されています。その中に父の名は無く、いただいた戒名を記した奉書が仏壇に祀られていました。位牌に収めてしまうのが忍びなかったのでしょう。
 四十九日の法要が終わったら、母と一緒に父も繰り出し位牌に納めます。
 これは、私の死生観とは相反する感慨ではありますが……結婚してから共に過ごした年月とほぼ同じ年月の別離の後に、二人は再開するのです。
 [以下数語、記憶曖昧]
 本日は、ありがとうございました。

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