渾身の力作だが……

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 プロを目指して、ついに果たせなかった[ほぼ]アマチュア作家のある意味遺稿ともいうべき作品を、書かれて四半世紀後に初めて読んだ。作者の、あらゆる意味での処女長編(原稿用紙約400枚)でもある。

 柴田錬三郎「われら九人の戦鬼」上巻を通勤の片道で8割も読み飛ばし、『グイン・サーガ』など1時間で斜め読み終える私だが、この作品は80枚(ページではない)ほどしか読み進められなかった。それだけ、前半は緻密に書き込まれている。
 といっても、私の感覚としてはしつこくはない。たとえば、異星文明を積極的に探査しようとする開国派(?)と、わざわざ侵略者を呼び込む愚は犯すべきでないとする鎖国派の対立が背景世界にある。前者はエフレーモフ派、後者はレンスター派と呼ばれている。名前の由来についての説明は、無い。わずかに『天翔けるもの』というキーワードが示されるのみである。現在ならネットで検索すれば意味は明白になるが、作品が執筆されたのはインターネットの普及以前である。特定の分野に一定以上の知識を持たない読者は切り捨てられている。「わかるやつだけついてこい」なのである。
 重要なギミックに「量子論的ライデンフロスト効果」が出てくるが、これも説明は無い。私も作者に倣って、解説はしない。ネットで「ライデンフロスト効果」を調べれば、すぐにわかる。これに『量子論的』というUSO800をまぶして、光子推進宇宙船の反射傘を実用化している。
 説明の省略は、作品世界そのものにも及んでいる。登場人物は(アネリーゼ・オルキング・ソアリスといった具合に)三つの名前を持っている。この説明も無い。いろいろとにおわせてはいるが――どころか、人物説明のキーポイントにさえ使われているが――直接には「ベティは職務に関した事柄では、相手を同性継承姓でしか呼ばない」という記述があるのみである。
 野田昌弘宇宙軍大元帥が指摘したような、壮大な構築世界の説明に終始してストーリイが進まないという初心者の陥りがちな弊から、すでに(年数だけは)ベテランの域に達している作者が陥るはずもないのであるが。しかし、ストーリイに絡めてアレコレにおわせるものだから、結果として、1文字ずつを追わなければチンプンカンプンになる。
 私としては、知的興味が刺激されて煩わしくは感じなかったが、ラノベ愛読者なら最初の数ページで見限っているだろう。
 いや、書き込みの多さが、この作品の欠点ではない。かつてのハードSFなら、もっと書き込まれている。
 先に光子推進と書いたが、これまた古臭い道具立てではある。実は、その超強烈な光子エネルギーが僚船に向けられて、船団の壊滅に至るという筋書きなのだが。だから古臭いのを承知で強引に世界設定したとは思えないフシもある。この作者の力量とSF的知識からすれば、ワープ宇宙船を使っても、ストーリイ展開は別物になるだろうが、破綻をきたすことはないと思う。贔屓の引き倒しだろうか。

 今さらにこの作品を読む物好きもいないだろうが。いちおう申し添えておくと、12/22現在、ヤフオクで出品されている。初期設定価格800円、応札者ゼロ、残り1日。
 さらに追記すると SMX工房[硬式]ブログでも、送料込¥1,0000で売りに出されている。

 本題に戻って。今さら読む物好きもいないという前提で、禁断のネタバラシに及ぶ。
 前半で緻密に構築した世界を、作者は後半であっさりと、惜しげもなくブッ壊しているのである。壮烈なドミノ倒しである。
 モチーフは未来世界構築でも異星文明でもなく高次統合コンピュータの発狂でもなく、超能力なのである。
 人間は誰もが、超次元的思念波を発している。しかし、全人類(作品世界では140億人)の思念波が狭い空間に満ちてノイズと化しているので、なんの効果も現われない。普通とは異なる波長の持ち主だけが、超能力者として(そのポテンシャルのほとんどをノイズに掻き消されながらも)力を発現させるのである。
 人類初の太陽系外居住可能惑星の探査に赴いた3隻、60名は、必然的な事故で壊滅して、主人公だけが、ただひとり、地球から数光年も隔たった宇宙空間に取り残される。
 必然的な事故というのもおかしな表現かもしれないが。船団壊滅に至るシーケンスから、偶然は徹底的に排除されている。背景には、開国派と鎖国派の対立があり、さらに、先行している無人探査機があり……探査隊出発の時点で、壊滅は「ほぼ」確定しているのである。「その日、秋山小兵衛がそこを通りかからねば……」などというご都合主義は、断固排除されているのである。
 あとひとつ。超能力(思念波)が超次元的であるのなら、3次元的な隔たりに制約されないのではないかと、ハードSF屋なら当然に矛盾を指摘するだろうが。どっこい。作者は「個体の主観的同時性」とか持ち出して逃げている。思念波は本来的に距離の制約を受けないが、当人が無意識に制限を掛けているというのだ。レベルの低いテレパスの通信距離は、超短期記憶の持続秒数に光速を掛けた距離。などなど、屁理屈を重ねて、だから、「ひとかたまりの時間」として認識するのは1日までだから、1光日以上の距離では超A級テレパス同士でも通信できないとかなんとか。

 そんなこんなで緻密に世界を構築していって。いよいよドンデンドンデンです。2次元は面積しか持たないから3次元での体積(=質量)はゼロというアナロジーで、だから超能力は3次元物体に対して無限のパワーを発揮するのだと。
 各章は音楽用語で名付けられているが、やはり圧巻は花伝ツァもといCadenzaですな。他者の思念波というノイズが無い、MAXフルパワー&アフターバーナーON&RATO噴射です。
 黒焦げになった恋人(厳密には違うが)の肉体を一瞬で再生する。0.5光速で突っ走っている超巨大な宇宙船を一瞬で絶対座標系に対して静止させる。もちろん、絶対座標系など規定できないのを承知で、作者は遊んでいるのだが。破片を分類して、分子レベルでガチャガチャして(などと考えずとも、『かくあれ』と念じるだけで)船団を復元し、59人を再生して――しかし、誰も生き返らない。バイオセンサーで見れば生きている筈なのに、思念波が存在しない。
 このあたりで、魂がどうとかも、過去の(少年との)肉体的精神的エピソードを交えて、若かりし作者自身の死への恐怖なども吐露して、アレコレ書き込まれてあるが、それはともかく。
 ついに主人公はタイムワープに挑んで、事故の分岐点へ戻って、アクション・シーンさえサービスして、スペースオペラも真っ青という、強引なハッピーエンドに持ち込むのです。

 しかし。冷静な一読者の目で見ると、この作品には致命的な欠陥がある。光子ロケットなどという古臭い設定は、ある程度は評価を下げているかもしれないが副次的なものでしかない。無限の超能力などというドンデンを際立たせるために、あえて手垢のついた世界設定にしたのではないかと思ってしまう。前衛的な絵は、純白で平坦なキャンバスに描かれるべきなのである。あるいは。常識を破るには、常識を徹底的に理解しておく必要がある。
 世界構築とか、ストーリイの配分とかではなく。この作品の最大の欠点は――これだけ緻密にかつ大胆に構築された世界の中で描かれているのは、男女の痴話喧嘩に過ぎない。と切り捨ててしまうと、作者が可哀想ではあるが。言葉を取り繕っても、アニマとアニムスの葛藤でしかない。
 痴話喧嘩が作者のテーマだというのは、私の偏見ではない。タイトルが、まさにそれを暗示している。双曲線のごとく永遠に交わらない筈の2本の人生が接点を持つ――だからこそ、この作品は『双曲接点』と名付けられたのである。
 ハードSFには人間描写が不要な場合すらある。壮大な世界を描き、それにふさわしいストーリイを展開させる中で、副次的に人間模様が純文学張りに展開されるならば――それは、プロダムからも絶賛される名作になるだろう。
 しかし、この作者にはそこまでの力量は無い。
 さらにきついことを言えば。男女の葛藤を(モチーフではなく)テーマとした時点で、作者にSFを書く資格は失われているのである。

 作者自身、そのことは、どこかの時点で自覚した筈だ。
 この作者があらためてペンを執る日は、もはや永久に訪れないであろう。


2018/01/06
種明かししときましょう。
一部関係者は御存知でしょうが、『双曲接点』の作者は野波恒夫です。
別分野で書くときは、東野苑明、姫久寿子、藤間慎三、風鴇能太……そして、濠門長恭です。

でも、記事中に嘘はまったく書いていませんよ。
作者として推敲はしていますが「読者」として読んだのは、これが初めてです。
細かな部分は、すっかり忘れて、新鮮な気持ちで読めました。
「そうか、こういう設定にしてたのか」なんて、記憶をほじくり起こしたり。

そして。野波恒夫クンも濠門長恭クンも、小説を書くためにペンを執る日は、永久に訪れないでしょう。
本名サンとして各種公的書類を書くためにボールペンを握る日は、これは日常茶漬けですけど。
この記事だって、ペンで書くのでなく、キーボードを叩いているんですものね!!!!!
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